『密会5』「目をつぶってくれますか」
私の突然の言葉に、彼女は一瞬きょとんとして、どうしたら良いのか分からないというふうに視線を泳がせる。
トイレから戻った後、すぐにそう切り出されて、面喰っている様子だった。いくらなんでも、キスをする前に目をつぶってと言うほど、私は野暮な男ではない。
そんな誤解を恐れるより、ことが順調に流れはじめて、心のうちでしめしめとほくそ笑んでしまう。
「贈り物があると言ったでしょう」
含羞に濡れた瞳で私を見つめてから、彼女は小さくうなずき、素直に目を閉じてくれる。
「手を前に出して」
言われるまま、彼女が小さな手を差し伸べる。
その手の上に、そっと贈り物を置いた。
「いいですよ。目を開けてください」
彼女はおずおずとまぶたを開き、自らの手の上に乗せられた小箱を見つめている。
「どうぞ開けてください」
私に促されると、彼女は驚きと好奇心を童顔に浮かべて、小さな箱を開ける。
容姿さえ知らないというのに、勝手に想像の中で描きあげた彼女にふさわしいと思うアクセサリーを、念入りに選んだのだ。ブルーのジュエリーがあしらわれた銀色のネックレスが箱から現れ、美智子の白い指にかけられた。
「気に入ってもらえましたか?」
「はい・・・とても・・・」
彼女は部屋に来て以来、ずっと当惑した表情を浮べていた。だが、その瞬間に初めて瞳を輝かせ、明るい笑顔を向けてくれる。
逢いに来て良かった、と心がほっこり満たされる。この瞬間のために来たのだとも思えた。
けれど、もっと別の表情も見たくなる。特別な相手にだけ見せる笑顔と、特別な相手にしか見せない女の顔。
「ぼくがつけてあげましょう。こちらに来て」
美智子の肩口にそっと触れ、椅子から立たせる。
それから、壁にしつらえられた鏡に彼女を正対させた。私は美智子の後ろに立ち、銀色のチェーンを首に回す。
彼女がセミロングの髪を両手でかきあげ、純白のうなじをさらした。ふわっと髪の薫りが立ちのぼり、私をクラクラと酔わせる。思わず口づけたくなる衝動を抑え、私は鏡で美智子の姿を愛でながら金具を留めた。
「とてもお似合いですよ。思った通りだな」
その言葉に、白い頬が桜の花びらを散らしたように、ほんのりと紅潮する。
「本当に可愛らしい人ですね」
そう言って、羞恥心をさらに煽る。それから、おもむろに彼女の両肩に軽く手を乗せ、鏡をじっとのぞきこんだ。
その時、私が見ていたのは、銀のネックレスに縁どられた首元ではなかった。愛くるしい唇と豊かに突き出した乳房の峰を交互に見比べる。
ふと鏡越しに視線が重なった。その瞬間、彼女が恥じらって目を伏せる。なんともそそるしぐさだった。
(このまま、後ろから抱き寄せてしまおうか・・・)
そう思わずにはいられない。
情熱的な抱擁と口づけ。初めて出逢った男と女にとって、それ以上は望むべくもないロマンティックな光景なのだろう。
しかし、私には別の思惑があった。
感情に流され、事前に準備してきた計画をふいにしてしまうのは、私の好むところではない。
今、わたしは、体中に感じる熱さを押さえきれず、このメールを書いております。
外は、春雷が鳴り響き、篠付く雨が降り注いでおります。まさに、わたしの全てで、その春雷を感じているのです。それは事象でなく、あなたが鳴り響かせたものなのです。
あなたは、プリマヴェーラのごとく、わたしを恋する想いに誘いました。そして、いま、あなたから春雷のごとき衝撃を感じています。あなたの描く「夢想(※)」が、わたしを震わせてやまないのです。
今日もまた、わたしは妄想にふけり、自ら選んだ囚われのマンションに赴くことでしょう。
ぐっすり眠る夫の傍らであなたを想い、指先を乳房に・・・そして、蜜の滴る場所へと滑らせてしまうのです。感じやすい耳にあなたの吐息を受け、背中にあなたの体温を感じながら・・・
また、夜の帳(とばり)がわたしを悩ませます。
(みぃのメール抜粋)せっかくの二人の記念日。そう、今日は二人にとって特別な日である。ならば、彼女がいつまでも忘れられないような、特別な想い出を演出しなければ。
彼女の肩から手を放し、私は鏡に向かって微笑みかけた。
※「夢想」 私がみぃに宛てたメールのタイトル。
私が彼女に何を求めているのか、その願望を妄想として綴っている。
(『密会』END、『陥穽(かんせい)』につづく)
※体験を基に描いていますが、一部フィクションが含まれています。
- 関連記事
-
暗闇は視覚が閉ざされることで
人の他の感覚が却って研ぎ澄まされる。
だから。私は時々。。
アイマスクをさせる。。
視覚が失われたことで。聴覚。。
私からの言葉に鋭く反応するようになる。
雌犬の嗅覚が雄の匂いを嗅ぎ分けるように。
更には。肌感覚はまるで処女のように
敏感になる。男の手が初めて肌に触れると。
ピクッと驚くような声が出る。いや。。
溜息なのか。吐息なのでしょうか?
闇の中に佇む一人の少女の仕草になる。
さあ。始まりです。私との時間が。
深淵の闇の深い底へ堕ちて下さい。
そこには貴女の新しい世界が待っていますよ。
もう。元へは決して戻れませんので。