短編読み物「夜桜7」「鏡まで歩きましょう」
愛犬の散歩に出かけるような軽い調子で芹尾が言った。
美咲は、股縄を引かれるまま足を踏みだす。とたんに縄が陰裂に食いこみ、蕾が擦りあげられる。
「くぅっ……」
たまらず漏れたのは、痛みに耐える声だった。
ホテルの部屋は快適な温度が保たれている。なのに全身がしっとり濡れていた。涼しい顔をした芹尾に比べ、自分だけ汗ばんでいるのが恥ずかしかった。
「ほら、歩きなさい」
嬉しそうに芹尾が縄を引く。
少しの距離を移動するだけなのに、悩ましくも甘美な責めだった。歩いては悲鳴をあげ、少し進んでは感じて動けなくなる。それでも、痛みの中に快感を求めて、自然に腰をくねらせてしまう。
「感じたがりな身体なんですね」
皮肉な口調で指摘された。
美咲はすぐさま首を振って否定したかった。ふしだらな女だと呆れられるのが怖かったのだ。
しかし、首より先に腰が動いてしまうのを、どうすることもできなかった。引かれる縄に合わせて、感じ声をあげている自分が惨めで愛おしかった。
やっとの思いで鏡の前に辿りつく。あえぎ声をあげつづけたために、喉がカラカラだった。アルコールが抜けていないせいかもしれない。
ぎゅっと縄が引きあげられると、美咲は「うっ」と呻(うめ)いて爪先立ちになった。引き縄がウエストの縄に結ばれていく。
「いい恰好になりましたよ」
縄尻を持ったまま、芹尾が背後に回りこんだ。
「ううっ……」
恥辱感で呻き声がこぼれる。自分の姿を鏡で目の当たりにして、美咲は激しく動揺していた。
まるで麻縄のパンツを穿かされているようだった。股間には縄が食いこみ、女の溝がくっきりと形状をあらわにしている。縄で分かたれた恥丘の肉が、左右に余りだして隆起しているさまは、あまりに卑猥で直視できなかった。
着物の裾がわずかに開かれただけでドキドキしていたのが嘘のようだ。その数時間後には、乳房も股間も丸だしにされ、芹尾になぶられているのだから。
しかも、裸体を隠せないばかりか、高ぶった身体を自ら慰めることさえままならない。全ては芹尾の恣意(しい)に委ねられているのだ。
「頑張ったので、ご褒美をあげないと」
そう言って、芹尾がぽんと美咲の肩に手を乗せた。
「はうっ!」
肩をすくめた瞬間、蕾がヌルリと縄に触れた。
上下の縄は別々に見えるが、股縄の縄尻は背中で結ばれたようだ。身じろぎひとつで、縄が股間を締め付けてくる。
「あああああっ……」
たちまち刺激に貫かれて身体が揺れた。その振動で陰核が何度も縄に擦れ返った。
「やっ! いやあぁぁぁ……」
喉を反らせて思わず絶叫していた。悶えふらついた美咲を、芹尾がしっかり支えてくれる。
「ほら、ちゃんと立って」
言うが早いか手が回りこんできて、股縄が激しく左右に振られた。
「ああっ! だ、ダメっ! あああっ!」
痛みが勝っているのに、瞬時に達してしまいそうだった。包皮がめくれた剥き身の蕾が、縄で何度もいたぶられる。潰された花びらの隙間から花蜜がこぼれて、トロトロと麻縄に染みこんでいくのがわかった。
そのままつづけられたら、確実にご褒美になっただろう。ところが、芹尾はあっさりと縄を放してしまった。
解放された安堵より、高ぶり切れなかった恨みで「ああっ」と吐息がこぼれてしまう。なぶられた股間が、ドクドクと脈動するように疼いていた。
「ご褒美が欲しかったら、いい子にしていなさい」
優しい声でささやきかけられた。熊のぬいぐるみを欲しがる娘に言い聞かせるような口調だった。
美咲は、赤らんだ顔を見られるのが恥ずかしくて、ただ首をうなだれているしかない。ご褒美と聞いて、ジーンズを膨らませていた男性のモノを連想してしまった自分の浅ましさにも恥じ入っていた。
芹尾が鏡の前から離れた。ベッドに座り、スーツケースを物色しはじめる。
鏡の端でその姿を追いかける。待ち遠しさで胸が詰まった。つかの間、芹尾がそばを離れただけで、寂しいと感じるほどに愛しさが募る。
二度しか逢っていない男性に、狂おしいまでの愛情を感じる自分の心が不思議だった。それにも増して、桜の蕾が一斉に花開くように、淫らがましく変化した己が肉体が驚きだった。
地味で目立たなかった学生時代。平凡な結婚生活。梅の開花を楽しみに、窓の外をぼんやりと眺めていた日常。
そんな平穏な日々が、遠い昔のことのように色あせていくのを感じる。
縄で身体の自由を奪われ、男のなすがままに感させられている自分こそが、本来の自分としか思えなくなっていた。
芹尾が戻ってくる。その手にはプラスティックの箱が握られていた。
「これが何かわかりますか?」
片手をあげて、芹尾が不敵に笑った。
箱から伸びたコードの先で、楕円の球がぷらぷらと鏡の中で揺れている。
とっさに首を横に振った。しかし、美咲には一瞬にしてわかってしまっていた。
実物を見るのは初めてだ。けれど、何に使われるものかも知っている。ネットで何度も見ていたからだ。安っぽいピンク色の光沢が、ぎらぎらと凶暴な光を放っているように美咲には見えた。
「この辺りかな……」
独り言をつぶやきながら、芹尾が股縄の横からローターを押しこんだ。コードの先のコントローラーは、腰に巻かれた縄に挟みこまれた。
内心の動揺を隠せぬまま、哀訴するように芹尾を見つめる。しかし、美咲の視線を全く無視するかのように、芹尾は静かに言い放った。
「これがご褒美です。ふふ」
せせら笑いを顔に浮かべたまま、芹尾がおもむろに操作板のダイヤルを回した。
「はあああああぁぁぁ!」
美咲は身体をのけ反らせ、かん高いあえぎを喉から絞りだした。これまで経験したことがない衝撃的な性感だった。
敏感すぎる場所だから痛みが走った。しかし、痛みの中でも性の疼きが勝った。
卵型のボールが陰核に当たる位置でブーンと不気味な音を立てて唸っている。強烈な振動が小さな突起を震い勃たせ、そこから波状に広がった快感が全身をひたしていく。疼きを無理やり掘り起こされるような激烈な性感だった。
「はあっ、ああっ! と、止めてぇぇぇ……」
髪を振り乱して悲鳴をほとばしらせた。
叫ばずにはいられなかった。あまりに感じすぎて辛かったのだ。
硬くしこったクリトリスが火照って、そこからとろけてしまいそうだった。身体がガクガクと震えて、その場にくずおれてしまいそうになる。
その時だった。崩れた体勢を芹尾に支えられた。
「あっ! ああああっ……」
後ろざまに抱きかかえられていた。その拍子に、美咲の乳房が、芹尾の大きな手にすっぽりと収まってしまう。
「だ、ダメっ!」
無意識のうちに身体をよじり逃げようとした。肩を前に傾け、必死に上体を動かそうと試みる。けれど、美咲が身体を動かせば動かすほど、無骨な指が胸肉に食こんで、引き離そうとしなかった。
「ずっと、こうしてみたいと思ってました」
美咲の耳に唇を当てて芹尾がささやく。息が吹きこまれた瞬間、美咲はイヤイヤをするように腰をくねらせた。吐息がくすぐったく耳を慰撫する。
芹尾は、羞恥に戸惑う美咲の様子を、嗜虐心に満ちた眼差しで見つめている。それから、乳房の形を確かめるようにして、やわやわと手を動かしはじめた。
「うううっ……」
乳房を揉みしだかれている自分を目にして、美咲の性感は一気に高ぶってしまう。鏡の中では、縄で迫りだした乳房が、芹尾の手の中でもてあそばれている。豊かな肉がゆがみよじれ、手の動きに合わせて形を変えていく。
しかし、それだけで終わろうはずもなかった。
「はうっ!」
次の瞬間には、乳房の頂点に芹尾の指が触れていた。
性感を欲した乳首は尖り切り、愛撫を待ち受けていたかのようだった。
「こんなにしちゃって」
興奮で高ぶった芹尾の声が響く。その声には、美咲の敏感すぎる突起への嘲弄が含まれていた。
「くううううっ……」
キツく目をつぶり恥辱に耐えた。顎を引いて性感に抗おうとした。
だが、指先で円を描くように乳首をなでられる。指の腹で蕾の先端をコリコリとこねくり回されてしまう。さらには、二本の指で摘ままれ、乳首の芯をひねり潰された。
「うっ……くうっ……」
軽い痛みが走る。しかし、痛みですらすぐに甘い快感に変わってしまう。
縄が食いこんだ女の部分では、さらに変化が起こりつづけていた。乱暴な仕打ちが、マゾの悦びを分泌させてしまうのだ。
ああああっ……はああっ……
必死で目を閉じ、喉の奥で何度も官能のあえぎ声を押し殺した。快楽を声にしてしまえば、獣のようになって逝き果てるしかないからだ。
とはいえ、プラスティックの無機質なボールで陰核を強制的に愛撫され、その上、乳首まで弄られてしまっては、恥をさらすのも時間の問題だった。
「目を開けてごらん」
芹尾の声は、ずっと離れた場所から響いているように聞こえた。
今、目を開ければ、これまで幾度となく妄想しては自慰を繰り返してきた光景が、現実だとわかってしまう。そうなれば、身体が凌辱に感応してすぐにのぼりつめてしまうだろう。
「目を開けなさい!」
強い口調とともに、摘ままれた乳首がぎゅっと伸ばされた。
「ひいっ! いっ、痛いっ!」
顎をあげ悲鳴をほとばしらせる。
「ほら、見てごらん」
芹尾の指戯は容赦がなかった。グリグリと敏感な蕾が押し潰される。
「やっ! いやっ!」
たまらず美咲は、薄目を開いて鏡を見つめる。
縄で突きだした乳房の上でぷっくりと乳輪が膨らみ、その先端にある蕾がこれでもかと鏡に向かって引き伸ばされていた。
「ああぁぁぁ……うそぉぉぉ……」
すぐさま鳴咽(おえつ)が喉を鳴らした。
芹尾の手にさらに力が加えられると、乳房そのものが伸びて、卑猥な三角錐(さんかくすい)に形を変えていく。
「いやぁぁぁ……や、やめてぇ……」
「やめて? やめるわけないでしょう」
怖いほど冷酷な表情だった。だが、その声には歓びが溢れている。サディストの歓びだった。
芹尾の手が上に引きあげられると、美咲の視線のすぐ先に桜色の蕾が向いた。男の玩具に成り果てた己が姿を、目に焼き付けておけとでも言いたいのだろう。
「ひいっ! いやああああああっ!」
哀れに伸ばされ切った肉片が、自分の物とは思えなかった。眼前でギリギリと音が立つほど乳首がすり潰され、指の間でぺしゃんこにされる。
残忍な責めから逃れようと必死で身体を振った。もはや目を開けている余裕すらなかった。
だが、がしっと乳房を鷲づかみにされ引き寄せられる。男の腕力だった。
ふわりと身体が浮きあがるような心地がしたかと思うと、ふたりの身体がぴたりと密着した。その時だった。美咲の尻肉に、硬い異物が押しつけられていた。
ああ……か、硬い……
芹尾の硬さをしたたかに感じた。
ジーンズをこんもりと盛りあげていた、あの男性特有の器官に他ならなかった。
欲望をためこんだ肉塊が、お尻に食いこんでヒクヒクと淫靡にうごめく。今にも弾けてしまいそうなほど、熱くたくましく野太かった。
すごい……あああっ……
グイグイと腰を突きだすようにして、尻の溝にこん棒が埋めこまれた。背後から無理やり犯されているかのような錯覚で、激しい陶酔感に見舞われてしまう。
その瞬間、めくるめくような性感の荒波が、何度も何度も美咲の下半身に襲いかかってきていた。花芯は快感で痺れまくり、その下では桜色の華が蜜液を溢れ返らせている。耐えがたいまでの激しい快感だった。
「はあんっ、あっ、あっ、はああああぁぁぁ……」
ガクン、ガクンと首が前後に揺れ、激しく身をくねらせる。頭の中が真っ白になって、ついに美咲は膝からくずおれてしまった。
「夜桜8」につづく
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