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想い出アルバム 短編読み物「栗梅2」

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短編読み物「栗梅2」

 セリオは、毎日のようにブログにコメントをくれる常連である。
 夫を会社に送り出してから、スマホでコメントをチェックするのが美咲の日課となった。セリオとのやり取りは、もう一年近く続いている。

 もちろん、ブログに感想を書きこんでくれるのはセリオだけではない。肌をさらす面積が広くなるのに比例して、コメントの数も多くなっていった。しかし、「巨乳ですね」、「もっと見せて」といった単純な書きこみが多い中、セリオの長文コメントだけが異彩を放っていた。

 セリオは、常に紳士的だった。けれど、コメントには美咲の性的な疼きに触れるような褒め言葉が必ず含まれていた。最も気が利いていて、自分が望む感想を的確に書いてくれるのはセリオだけと言ってもよかった。

 今まで男性に容姿を褒められた経験など、皆無と言ってもよい。学生時代、男子からチヤホヤされる美人の同級生を見ていると、自分には一生ありえない別世界の出来事だと思っていた。でも今は、ネットという匿名性の世界とはいえ、チヤホヤしてくれる人たちがいる。

 美咲は、もっと褒めて欲しくなって、さらに過激な写真を撮りはじめた。豊かな乳房をさらし、下着から恥毛をはみ出させた姿で、自慰に耽る画像を公開するまでになっていた。

 それに呼応して、セリオのコメントも熱を帯び、どんな姿が見たいかを具体的にリクエストしてくれることも多くなった。
 期を同じくして、メールも度々もらうようになる。セリオのリクエストを真似る者が増えはじめたのがきっかけだった。


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 メールでセリオは、芹尾と名乗った。
 セリオは下の名前でなく苗字だったのだ。そのことで、より親近感がわくようになり、ブログで書けない個人的なことまで芹尾だけに教えたりもした。思いの外、住まいが近いことも判り、さらに二人は意気投合した。

 つい先日のこと。「あなたの着物姿が見てみたい」そんなメールをもらった。
 リクエストをもらった喜びと、期待に応えたいという想いで、熱に浮かされたように、身体が火照りを帯びる。
 本当は「着物で撮影しなさい」と、芹尾に命令されてみたい。そう思ってしまう自分がいる。

 普段は着ることのない和服を引っ張り出し、夕方まで夢中になって撮影した。芹尾に命じられ、芹尾のためだけに撮影していると思いこむことで、心も身体も高ぶった。

 シャッターを切る合間に、思わず知らず乳房を揉みしだき、女の場所に指先が伸びてしまう。膨らみきって肉芽を息吹かせた蕾。その下では恥じらいの花が咲き濡れて、梅の香を漂わせている。

 高ぶるほどに、撮影のポーズも過激になってしまう。
 ブログでは到底、公開できないような痴態を撮っては、淫らな行為に興奮を覚え、たまらず指で花びらを散らしてしまう。
 梅の花を指先で広げ、果肉を剥き出して撮影するころには、何度も気をやってしまっていた。

 翌日、和装の写真を数枚、ブログにアップした。
 過激すぎるポーズのものは、やはりお蔵入りにした。それでも、これまででは考えられないくらい大胆な姿であることに変わりなかった。

 芹尾はどんなコメントを書いてくれるだろうか。淫靡だと感じてくれるだろうか。美しいと言ってくれるだろうか。
 そう思うと、焦がれるような疼きと期待で、下着を船形に汚してしまう。
 何度もブログをチェックした。コメントはない。それはそうだ。写真を公開してから、まだ一時間と経っていないのだから。

 美咲は心を落ち着かせようと、リビングの窓から庭を眺めた。梅の蕾が花開くまで、あとどれほどだろうか。そんなことを考えている時、メールの着信音が鳴った。

 芹尾だと直感して、豊かな胸が弾んだ。自然と顔がほころんでしまうのをどうすることもできない。
 スマホを手に取る。やはり芹尾からのメールだった。件名には「お願い」とある。
 はやる気持ちをなだめながら、文面を表示する。読む前から、下着の中で蕾が膨らみはじめているのが自分でわかるほどだ。

 しばらく読み進んでから、あまりの驚きでスマホを床に落としそうになった。お願いという件名の意味が書かれていたからだ。読み間違えているかもしれないと、繰り返し文章を目で追う。

「着物姿のあなたを縛らせてください」

 美咲は崩れるようにしゃがみこみ、その場に膝をついていた。身体の芯が焼け付くように疼きはじめる。

 縛らせてください……縛らせて……縛らせて……

 その言葉を頭の中で反芻した。反芻しながら、たまらず下着の中に手を差し入れる。昨日よりも激しく萌えるように、梅の花が咲き乱れていた。


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 芹尾から縛らせて欲しいと打ち明けられて、美咲は心底、嬉しかった。身体が悦びに打ち震えた。

 もっとも、その申し出は、青天の霹靂(へきれき)というのでもなかった。かねてより交流があるブログで、縛られたい願望があるとコメントしたことがあったのだ。芹尾がそれを読んで、美咲の秘めた願望に気づいていても不思議ではなかった。

 アダルティな性の世界を知って、美咲が最も触発されたのは、SM系のブログだった。それまでは、SMというと変態行為にしか思えなかったものだ。ところが、主従の関係を結ぶ男女の在り方、その絆の深さを知るにつけ、ぼんやりと憧れを抱くようになった。

 数あるSMプレイの中で、とりわけ魅了されたのが緊縛である。縛られた女性の姿は、本当に美しいと思った。
 これでもかと柔肌に食いこむ麻縄。もはや抵抗する術を奪われた悲愴な表情。
 そうした被虐美にも心惹かれるが、男性の玩具と化した悦びで、徐々に陶酔していく女性の様子は、ブログで画像を見るだに羨ましく感じられた。

 常識や日々の生活。そうした見えない縄でがんじがらめにされ、何もできずに生きている自分のような人間が、本物の縄で縛られたいとは、なんという皮肉だろう。
 だからといて、素直に縛ってくださいと芹尾に返信できるはずもない。

 アダルトなブログを書くことで、美咲の人生が花やぎはじめたのは事実だ。ただしそれは、ネットの匿名性に守られ、実生活とかけ離れた場所だからこそ、大胆になれただけの話である。
 実際の美咲は、引っこみ思案で臆病で、自分にまったく自信が持てない、ただの主婦でしかなかった。

 すぐに断るべきだったのかもしれない。
 頭ではわかっていた。逢ってはいけないのだと。
 夫がありながら、ネットで知り合った男性と逢うだけでもタブーだというのに、まして緊縛が目的となるとなおさらである。これまでの芹尾との関係に満足していただけに、リアルでの進展は望ましい形ではなかった。

 和服の画像を褒めてくれたお礼を丁寧に書いてから、逢う件については考えさせて欲しいと、あいまいに返事した。突然のことに驚いて、今は考えが整理できないとも。
 すぐ断らなかったのは、それで嫌われてしまうのが怖かったからだ。だが本当は、逢えるかもしれないという甘い幻想に、しばらく酔っていたかったのかもしれない。

 返信して五分と経たずに、メールの着信音が鳴った。
「一度、友人として逢って話をしましょう。縛る縛らないは、その時の印象で決めてくださればいい」
 突然のお願いを詫びる内容に続けて、そんなふうに書き連ねてあった。

 ヴァーチャルな世界を介してとはいえ、一年近くも交流を続けた男女が意気投合し、逢いましょうとなるのは、必然の流れのようにも感じられる。
 セックスを材にしたブログで知り合ったとはいっても、友人として逢うことだって可能なのかもしれない。

 けれど、考えさせてくださいの一点張りで再び返信した。
 美咲が尻込みする一番の理由は、不貞を犯すことより、リアルの自分に幻滅されることだった。
 芹尾の中で増幅し美化された自分がいるとすれば、その美しい誤解を解いてしまうのは切ない気がするのだ。


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 その翌朝。食卓でむっつり黙ったまま、新聞に目を落とす夫。リビングの窓から、カーテン越しに梅の蕾を眺める妻。
 毎朝、判で押したように同じシーンが繰り返される。夫婦間が冷えきっているわけではない。夫は昔から寡黙なのだ。会話もするが、美咲が一方的にしゃべることが多かった。

 朝食の後片づけを済ませると、朝刊を手にしてソファーに腰かけた。夫とは違い「おくやみ欄」から目を通すのが美咲の日課である。
 上から順に名前と享年を確認していく。ただそれだけなのだが、いつから、そうした習慣が身についたのかは覚えていない。

 七十代より上の年齢が続く中、若くして亡くなった人がいると「お気の毒に」と、つい声に出してしまう。
 二十代の美咲にとって、死は遠くで揺らめく蜃気楼のようなものだ。おくやみ欄を読んだところで、死の実感が迫ってくるわけでもない。

 けれど、まれに心が激しくざわめく瞬間がある。自分より若い女性の訃報を目にした時だ。他人の不幸を喜ぶような暗い感情が芽生えるわけでは決してない。
 ひどく不安で、どうしようもなく寂しいような、そして何かに急かされるような焦りを感じてしまうのだ。

 美咲は、読み終えた新聞を四つ折りに戻し、リビングのテーブルに置いた。
 レースのカーテンを透過して伸びた光に、春の温もりが含まれていた。この陽気で、梅の開花もいくらか早くなるかもしれない。

 昼過ぎに、芹尾からまたメールが届いた。
「こんにちは。今日は暖かいですね。お出かけ日和でしょうか。こんな春めいた日に、同じ趣味を持つ友だち同士でお茶を飲む。そんな気軽なものだと思っていただけませんか」
 
 向こうも譲らない構えのようである。
 春の陽が身体を温めてくれるのと同じで、美咲の心の隙間を埋めていく想いは、逢うだけならかまわないのではないか、という甘い誘惑だった。

 芹尾の熱意にほだされはじめた部分もある。
 そのメールの続きは「本当は、しつこく誘って嫌われるのも、リアルで逢って失望されるのも怖い」と正直すぎるほど、本心をしたためてくれていた。

 結論は先送りにして、ラブレターにも似たメールを、毎日のように読んでいるだけでも、心は満たされていくかもしれない。男性から口説かれた経験も、ラブレターをもらった経験もない美咲にしてみれば、今が満開の頃合いにも感じられるのだ。

 そんな、どっちつかずの想いは、夕方に受け取ったメールによって逢うという選択肢に傾いていく。芹尾は、いつものように紳士的でありながら、いつも以上に雄弁だった。

「あなたのブログに通うのは、確かにあなたの身体が目当てだからです。あなたのお写真を拝見しては、淫らな妄想に耽り、自らを慰めたこともあります。でも、誤解なさらないでください。あなたを縛りたいという思いは、あなたの着物姿があまりにも美しかったからです」

「私が着物姿を所望したら、あなたは即座に応えてくださった。私が命じれば、あなたが従ってくれる。そんな関係に憧れずにはいられません。あなたを意のままにしたい。そんな淫らな欲望があることは認めます。でも、今の時点で、私とあなたは友人です。ですから、逢う逢わないは、あなたの意思に委ねられています」

「以前、あなたは自分も縛られてみたいと、どこかのブログでコメントされていましたね。あのブログ主のように、美しく縛る自信はありません。それでも私は、あなたが縛られた姿を、あなたのブログで見てみたいのです。そして、私がそのお手伝いができたらと、思わずにはいられないのです」


クリック「夜桜1」につづく

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[ 2015/03/09 21:00 ] 想い出アルバム(画像) | CM(4) | TB(-)
ひさかたの

ひさかたの 光のどけき 春の日に
    静心(しづごころ)なく 花の散るらむ

和歌に出てくる(花)は桜ですが、
智様の文体からは梅の香と芹の薫りが立ち上ってくるよう。
どちらも早春にふさわしい香りをもたらしてくれますね。
艶やかな梅の香。
青々とした芹の香。
どちらもまるで匂い立つようです。
私が美咲だったら…いったいどう答えを出していたでしょうか。
そんな思いを巡らせながら読ませて頂いています。

緊縛には私も憧れがあります。
身も心も縛られたいと願うのは、
被虐心から来るものなのでしょうか。
それとも…。

次回のタイトルが「夜桜」なので、待ち遠しく感じます。
ぱちぱちと爆ぜる篝火の中、満開の桜の樹の幹に
しどけない姿で縛られている美咲を想像しました。
そこには男と女、静寂しか存在せず
静かに…そして…互いの吐息だけが色めいていく。
そんな情景。

妄想がとめどなく溢れてしまいそうなので、
この辺で留め置くことに。

3月だというのにまだまだ寒い季節。
どうか皆様、お身体を労りお過ごしくださいませ。
閲覧に、コメントにと、いつもありがとうございます。
ご覧頂いている皆様には、深く感謝いたしております。

(ダイエットが成功したら…いつか縛っていただきたい
 と思う今日このごろです。)
[ 2015/03/11 19:35 ] [ 編集 ]
重ねて
智 様

こんにちは
ここ、2,3日は私の住む地域でも珍しく荒れたお天気でした。
まるで私の心の様で・・・。
そして今日は良いお天気です。
私も一皮向けた様です。

「美咲」の心情にみぃ様同様、私も自身を重ねて読んでしまいました。
緊縛、それも麻縄での緊縛にずーっと憧れていました。
ふと、掲示板に勇気を出して書き込みをし、返信をくださったのがご主人様でした。
ただ、私が憧れた 主従関係 について書き込みしたものです。
「緊縛されたい」とは一言も書いてはいませんでしたが、返信を下さったご主人様は緊縛を主とするサディスト。
憧れだったあの頃の気持ちが蘇りました。
そして、ブログに画像を載せる事。
私も褒めていただき、だんだんと大胆になっているように思います。
否定しながらも、やはり嬉しいのです。
自信がない日常にそっと光がさすような。

続きが楽しみでなりません。
ps
エントリー、日付が未来ですが公開されています。これは意図的ですか?

[ 2015/03/12 11:16 ] [ 編集 ]
さらに分割掲載
みぃ様

こんにちは。

コメントありがとうございます。
エッチなお裁縫もお疲れ様でしたw

「文章が読みたい」と言われ、「そんじゃ書いてやろうじゃないか!」ってんで始めた作文でしたが、お気に召したようで良かったです。
時間をかけられないので、随分といい加減なものになっていますが、「読み物」と称した私の意図を汲んで、ご容赦を。

メールでもご感想をいただきましたが、芹尾という名前は、以前にみぃからもらったメールに登場する大学教授の名前?を拝借いたしました。ご指摘の通り、春めいていて良いかなといった意味合いもありますが、みぃにとっての「憧れの架空人物」ってことで。

ただ、私は緊縛そのものより、男女の情の交流にこそ惹かれるものですから、文章同様に縛りの描写はいい加減なものになってしまうかも。縛る側の心理でなく、縛られる側の内面を想像しながら書くのは、なかなかに楽しいです。

このシリーズ、4回で掲載の予定でした。しかし、「読み物」とはいえ、今回の記事はいくらなんでも長かったよう。拍手の数が、反響の無さを物語っているので^^;
小説の一部と思えば、ほんの数ページ。5分あれば読める量なのですが・・・もう少し、刻むことにしました。

その分だけ「栗梅」よりもさらに全体はボリュームアップできそうです。
[ 2015/03/12 12:52 ] [ 編集 ]
踏み出す一歩
なほこ様

こんにちは。

コメントありがとうございます。
こちらも、今日は暖かな日和。
刻々と、春が近づいてくるのを感じます。

一皮剥けましたかっ!
それは何よりです。
色んな皮が剥けると良いですね(セクハラ?w)

美咲という女性は、みぃをモデルにしたわけでもなく「どこにでも居そうな女性」という設定で登場させました。みぃでもあり、なほこ様でもあり、あるいはまた、そうではない女性もあり。
彼女が緊縛への憧れや自らのマゾ性に目覚めていくクダリは、M女性の多くの方の共感を得られると嬉しいと思っています。

自分の秘めてきた想いや願いに気づき、実現するために一歩を踏み出す。そこには、本当に勇気が必要ですよね。一歩踏み出したとたん、もう後戻りできないかもしれないのですから。
そういう意味で、なほこ様は、本当に勇気がある方だと私は思います。そして、理想の主様に出逢えて良かったですね。

ネットで画像を公開することへの躊躇いや快感などは、みぃを基に想像して書きましたが、おそらく、なほこ様にも共通する想いがあることでしょうね。
なほこ様がどんどんと淫靡に、美しく変わられていく姿は、まさに美咲のようだとも感じています。
ご自分と美咲を重ね合わせて、美咲が一歩を踏み出せるのかどうか、見守っていただけると幸いです。

追伸
「予約投稿」のつもりだったエントリーを、勇み足で公開してしまいました。なほこ様もお気づきでしたか^^;
むろん意図的なものではなく、単なる間違い。ご指摘ありがとうございました。
[ 2015/03/12 13:01 ] [ 編集 ]
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