私には子供のころから妄想癖があった。
自分がヒーローになって悪者と闘ったり、プロ野球選手になって活躍する。そうした子供っぽい妄想ではない。
物心つくかつかないうちから、私が夢中になったのは性的な妄想だった。
夜な夜な、私は夢想した。
同級生の女子に溶ける紙でできた水着を着せてプールを泳がせる。あるいは、裏山に誘い込み、大木に縛りつけてパンツを脱がせる。
今にして思えば、確かに子供っぽいところもあるけれど、そうした妄想癖は大人になってもやまなかった。
私は二十代から三十代の始めまで、会社に勤めた経験がある。こんな私でも、フツーの会社員だった時代があるのだ。
しがないサラリーマンが抱く性的な妄想。
その王道は、俗に言うところのオフィス・ラヴ。社内で女性同僚と交わす、秘めやかな情事ではないだろうか。
ベタな・・・と笑われてしまうかもしれない。
確かに使い古された、ありふれた妄想には違いない。
けれど、手近なシチュエーションに、ささやかなリアリティを求める。ありそうで無さそうな妄想に、人は最も興奮してしまうのだからしょうがない。
お相手は、華やかな独身の女性社員ではなく、既婚で地味な事務員などが良いだろうか。いや、断じてここは、人妻でなくてはならない。妄想にリアリティを増すためだ。
仕事はマジメにこなすが要領が悪く、若い女子社員から陰口など叩かれている。そんなことに気づいているのかいないのか、いつも控え目に振る舞い、おだやかに微笑している。
その日も、彼女はオフィスに人影が無くなるまで黙々と残業している。仕事を頼まれたら嫌とは言えぬ性格なのだろう。
「大変ですね」と声をかけると「もう少しでキリが良いところまで終わるので」と答え「お茶を煎れましょうか」と、さりげない気遣いを見せてくれる。
「ボクがお茶を煎れるから仕事を続けて」
私は素早く席を立ち、ふたつの湯飲みにお茶を注いでオフィスへと戻る。
ガランとして静まった社内。
節電のため照明が落とされ、蛍光灯の明かりがスポットライトのように彼女だけを照らしている。
「すいません」
座ったまま、彼女が小さくお辞儀をする。
デスクに湯飲みを置くとき、後ろから彼女に身体を寄せる。びくんと肩をそびやかせる人妻。
伝票を覗きこむフリをして、彼女の肩にそっと手を乗せる。完全なセクハラだ。けれど、彼女は嫌がる素振りを見せはしない。
私には、ふたつの確信がある。
彼女が嫌と言えない性格であること。そして、彼女が私に対して、普段から少なからず好意を抱いてくれていること。
彼女の顔に自分の顔を近づけて、手元を覗きこむ。彼女の白い指が小刻みに震えているのがわかる。
私はおもむろに、彼女の顔をまじまじと見つめる。それに気づき、彼女がこちらに顔を向けた瞬間を狙いすまして、私は彼女の唇を強引に奪う。
嫌でもなく、すんなりと受け入れている風でもなく、つかの間の口づけに放心して瞳を濡らす人妻。彼女はそれから、やっと何かに気づいたかのように、はにかみで目を伏せた。
私がもう一度、唇を近づけると、彼女は「こんな場所ではダメ・・・」と、初めて気持ちを口にする。
会社ではなく、しかるべき場所でならいいんだな・・・
彼女に完全に拒絶されたのではないことに、ほっと安堵しながら、私は心の中でほくそ笑む。
しかし、会社だから興奮するのだ。
日常、仕事をしている場所で、人知れず交わす口づけの甘美さが、私の心を蕩けさせていく。
(つづく)
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皆 様
ごぶさたしております。
体調不良で皆様にご心配をお掛けして申し訳ありませんでした。
未だ療養中ではありますが、回復に向かっております。
皆様からのコメントは、智様からお聞きしておりました。
(ただいま、すべてのコメントを拝見致しました)
愛奴として一途にご奉仕なさる方。
ご勉学でお忙しい方。
遠距離で心を通わせておられる方。
皆様いろいろとお忙しいなか、
ご感想をいただいて何と御礼を申し上げてよいやら。
筆不精で申し訳なくさえ感じています。
ブログをお持ちの方のところには、
近々、ご感想を書かせていただきたく思っています。
お恥ずかしい姿をお見せしておりますが、
ご感想をいただき、大変感謝しております。
きっと智様の編集の励みになっていることと思います。
私も心から楽しみにしてたり。
淫らな姿を視られるのは、とても恥ずかしいです。
けれど、皆様にご覧いただくことで、
智様も悦んでくださると思うと、歓びもひとしおです。
すっかり観られたがりになってしまったようです。
御礼方々、ご挨拶とさせていただきます。
閲覧頂き大変ありがとうございます。
霞立つ 春の長日を 恋ひ暮し
夜も更けゆくに 妹も逢はぬかも