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想い出アルバム 短編読み物「栗梅1」

栗梅01

短編読み物「栗梅1」

 朝食の後片付けを済ませて、美咲は食卓に無造作に置かれた新聞を取りあげた。忙しく箸を動かす合間に、夫が目を通していたものだ。

 朝刊の一面には、国際的なテロ集団が日本人を人質にした記事が載っていた。近頃は暗いニュースを見ることにも、すっかり慣れてしまった気がする。毎日のように殺人が起こり、世界のどこかで紛争が続いている。
 けれど、自分はそうした実社会とは、何も関わることなく安穏と暮らし、人の生き死ににさえ鈍感になっていく。

 美咲にとっての社会とは、ほぼ夫との生活を意味している。時々、電話で会話する実家の母親や学生時代の友人、挨拶を交わす程度のご近所付き合い。世界規模のニュースに比べると、自宅の庭ほどもない狭い社会で生きているのだ。

 ふと気になって、美咲はリビングの窓から外を見やる。
 お隣の垣根を越えて、家の庭に梅の枝が突き出していた。いくつもの蕾が寒風に震えて、身を硬く閉ざしている。
 もう二月も半ばだというのに、今朝は身体が芯から震えるような底冷えがした。このぶんだと、開花はまだ先のことになるだろう。
[ 2015/03/05 21:00 ] 想い出アルバム(画像) | CM(4) | TB(-)

想い出アルバム 短編読み物「栗梅2」

栗梅05

短編読み物「栗梅2」

 セリオは、毎日のようにブログにコメントをくれる常連である。
 夫を会社に送り出してから、スマホでコメントをチェックするのが美咲の日課となった。セリオとのやり取りは、もう一年近く続いている。

 もちろん、ブログに感想を書きこんでくれるのはセリオだけではない。肌をさらす面積が広くなるのに比例して、コメントの数も多くなっていった。しかし、「巨乳ですね」、「もっと見せて」といった単純な書きこみが多い中、セリオの長文コメントだけが異彩を放っていた。

 セリオは、常に紳士的だった。けれど、コメントには美咲の性的な疼きに触れるような褒め言葉が必ず含まれていた。最も気が利いていて、自分が望む感想を的確に書いてくれるのはセリオだけと言ってもよかった。

 今まで男性に容姿を褒められた経験など、皆無と言ってもよい。学生時代、男子からチヤホヤされる美人の同級生を見ていると、自分には一生ありえない別世界の出来事だと思っていた。でも今は、ネットという匿名性の世界とはいえ、チヤホヤしてくれる人たちがいる。

 美咲は、もっと褒めて欲しくなって、さらに過激な写真を撮りはじめた。豊かな乳房をさらし、下着から恥毛をはみ出させた姿で、自慰に耽る画像を公開するまでになっていた。

 それに呼応して、セリオのコメントも熱を帯び、どんな姿が見たいかを具体的にリクエストしてくれることも多くなった。
 期を同じくして、メールも度々もらうようになる。セリオのリクエストを真似る者が増えはじめたのがきっかけだった。
[ 2015/03/09 21:00 ] 想い出アルバム(画像) | CM(4) | TB(-)

想い出アルバム 短編読み物「夜桜1」

夜桜01

短編読み物「夜桜1」

 リビングの窓をあけると、風が梅の香を運んでくる。
 可憐な花をつけた大振りな枝から、白い花びらがはらはら舞い落ちていた。先週までは満開だった梅も、一昨日の雨風でその大半を散らしてしまった。

 冬の寒さに凍えながら、どれほど長く待ちわびても、花の命は短い。その儚(はかな)さゆえに、人は花を愛で慈しむ。その香に春の歓びを嗅ぐ。
 けれど、庭に点々と散る花びらを見ていると、美咲は一抹の物哀しさを感じずにはいられなかった。
[ 2015/03/12 21:00 ] 想い出アルバム(画像) | CM(2) | TB(-)

想い出アルバム 短編読み物「夜桜2」

夜桜05

短編読み物「夜桜2」

 梅が散ったと思ったら、気が早いことにテレビでは桜の開花予想が語られている。誰もが本格的な春の到来を待ちわびる季節を迎えていた。

 気づけば、芹尾と逢ったあの日から、ずいぶんと時間が経っている。
 その後も、メールでは何度かやり取りをした。けれど、美咲は一日の大半を悶々と過ごすことが多くなった。ブログの更新も滞ったままだ。
[ 2015/03/16 21:00 ] 想い出アルバム(画像) | CM(2) | TB(-)

想い出アルバム 短編読み物「夜桜3」

夜桜04

短編読み物「夜桜3」

 部屋が急に暑く感じられた。
 体温が上昇しているせいかもしれない。腋の下に、じとっと汗が滲みだしてきていた。

「こちらを向かせますよ」
 芹尾と至近距離で対面した瞬間、視線が重なった。
 美咲はすぐに瞳をうつむけたが、潤み切った表情ばかりは隠しようもない。せめてもの救いは、間接照明に照らされた部屋のほの暗さだった。
[ 2015/03/19 21:00 ] 想い出アルバム(画像) | CM(4) | TB(-)

想い出アルバム 短編読み物「夜桜4」

夜桜06

短編読み物「夜桜4」

 吹き抜けの天井に、きらびやかな照明。
 豪壮なエントランスを目にして、美咲は場違いなところに来てしまったように感じた。約束した通り、芹尾は高級ホテルの一室を確保してくれたのだ。

 にわかに緊張が高まり、ロビーの前を小走りで通り過ぎる。ばったりと知人に逢うリスクを恐れたのではない。ホテルを利用する目的が目的なだけに、後ろめたさをおぼえてしまうのだ。
[ 2015/03/30 21:00 ] 想い出アルバム(画像) | CM(6) | TB(-)

想い出アルバム 短編読み物「夜桜5」

夜桜09

短編読み物「夜桜5」

「お腹がすきませんか」
 縄を解き終えた直後に、芹尾が思いついたように切りだした。
「少し……」
 と答えたものの、食欲はなかった。あっけない緊縛に、心が重く沈んでしまう。

 まだ陽が落ちきるまでには、いくらか猶予がある。
 前回の逢瀬でも、この時間をめどにホテルを出たのを美咲は思い返していた。もっとも、夫の帰宅前に自宅へ戻らねばならなかった前回と違い、今日はそんな心配がいらないはずなのだが。
[ 2015/04/03 21:00 ] 想い出アルバム(画像) | CM(2) | TB(-)
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