短編読み物「栗梅1」 朝食の後片付けを済ませて、美咲は食卓に無造作に置かれた新聞を取りあげた。忙しく箸を動かす合間に、夫が目を通していたものだ。
朝刊の一面には、国際的なテロ集団が日本人を人質にした記事が載っていた。近頃は暗いニュースを見ることにも、すっかり慣れてしまった気がする。毎日のように殺人が起こり、世界のどこかで紛争が続いている。
けれど、自分はそうした実社会とは、何も関わることなく安穏と暮らし、人の生き死ににさえ鈍感になっていく。
美咲にとっての社会とは、ほぼ夫との生活を意味している。時々、電話で会話する実家の母親や学生時代の友人、挨拶を交わす程度のご近所付き合い。世界規模のニュースに比べると、自宅の庭ほどもない狭い社会で生きているのだ。
ふと気になって、美咲はリビングの窓から外を見やる。
お隣の垣根を越えて、家の庭に梅の枝が突き出していた。いくつもの蕾が寒風に震えて、身を硬く閉ざしている。
もう二月も半ばだというのに、今朝は身体が芯から震えるような底冷えがした。このぶんだと、開花はまだ先のことになるだろう。